箱根湯本から畑宿までのご案内

箱根湯本から畑宿へ

箱根旧街道 箱根湯本・茶屋付近

 箱根湯本から畑宿まで箱根旧街道を登ってみましょう。
 箱根旧街道は元和4年(1618年)に急な坂道が多かった湯坂道に替わって東海道として指定されました。
 古くは南北朝時代の中先代の乱の際にも足利尊氏が利用したという記録があります。

 

三枚橋

湯本・三枚橋 小田原方面から湯本への手前、早川に架かる橋です。
 現在では国道1号線と旧街道の分岐となっています。
 昔は早川は中州により3つに分かれており、地獄橋、極楽橋、三枚橋が架かっており、これらの橋を渡ると早雲寺の領地となっていました。

箱根湯本温泉の開湯・白山神社

箱根湯本・白山神社 国道1号線から分岐する三枚橋から600m。
 伝承によると、「天平年間(729-748年)に関東に塙瘡(ほうそう)が大流行した時、加賀白山の開創泰澄から派遣された浄走坊が、この湯本の地に白山権現を勧請し、十一面観音を祭ったところ温泉が涌出してきた。その温泉に浴した人々はことごとく塙瘡が治った。」とあります。

早雲寺

箱根湯本・早雲寺 白山神社から100m。明応4年(1495年)、小田原城を攻め、大森氏に代わって城主となった北条早雲(当時の名は伊勢宗瑞)は、伊豆から相模、武蔵にかけて大きな勢力を奮うようになりました。
 北条早雲は、永正16年(1519年)没したましが、その時の遺言により早雲寺は二代目氏綱が建立しました。 早雲存命中すでにここには小庵があったともいわれています。
 早雲寺の創建後には、氏綱以下後北条氏の武将がたびたび参詣(けい)に訪れ、早雲寺の興隆とともに箱根湯本温泉も大いににぎわいました。 天正18年(1590年)の豊臣秀吉の小田原攻めの際にはこの早雲寺に本陣が置かれ、石垣山での一夜城の造営が行われました。 小田原を攻め落とすと秀吉は早雲寺に火をかけ焼き払らいましたが、その後、1627年に再興されました。

正眼寺(しょうげんじ)

箱根湯本・正眼寺 白山神社より400m。正眼寺(しょうげんじ)は箱根湯本、旧街道沿いにあり、中世の地蔵信仰の時代からの歴史があります。
 南北朝時代の中先代の乱で激戦があった「湯本地蔵堂」にて戦いがあったと記されていますが、これはこの正眼寺の地蔵堂であるとされています。
 創建年代はここに安置されている地蔵菩薩立像の胎内から、康元元年(1256年)の銘を持つ印仏(いんぶつ)が発見されたことにより少なくとも鎌倉時代中期には存在したものとみられます。
 地蔵堂、曽我堂とも慶応4年(1868年)の箱根戊辰戦争で、焼失しましたが、その後、曽我堂は再建されました。

箱根観音福寿院

箱根観音福寿院 正眼寺から800m。旧街道沿いから須雲川側の急斜面にあります。
 江戸時代、この付近を通りかかった旅人が、山賊に襲われ須雲川の谷底に落とされたが途中で木に引っかかり助かりました。旅人は信仰していた観音菩薩のおかげと信じ、ここに庵を建てたのが始まりと伝えられます。 

須雲川

須雲川 旧街道は須雲川の渓谷に沿って山を登ってゆきます。
 かっては古芦ノ湖から大量の水が流れて、現在の深い渓谷を造ったとと考えられますが、現在は屏風山付近の湧水が源流で箱根湯本で早川と合流します。
当時はこの川に棲むハコネサンショウウオの黒焼きが名物であったようです。現在でもハコネサンショウウオが生息しています。
早川の合流点までの長さは約8.7Kmです。

須雲川の集落 箱根霊験躄仇討

初花の滝 正眼寺から2.7km。須雲川の集落からは「初花の滝」への山道があります。

 

箱根 鎖雲寺  箱根霊験躄仇討(はこねれいげんいざりのあだうち)は箱根を舞台にした浄瑠璃です。
 原作は飯沼勝五郎と云う人物の仇討という、1590年の史実を元に、1801年に司馬芝叟(しばしそう)により書かれました。
 「躄(いざり) 勝五郎」とその妻、初花は剣客であった親、飯沼三佐衛門の仇討のために旅に出ますが、勝五郎が病気になり、立つ事が出来なくなってしまいます。
 初花は夫を車に乗せて手綱を引いて天下の嶮、箱根山を進んでゆきます。時期は晩秋。 
 この時の初花の台詞、「ここらあたりは山家(やまが)ゆえ、紅葉(もみじ)のあるのに雪が降る」がこの浄瑠璃の名台詞として人気を呼びました。
 初花は勝五郎が寝入るのを待って向山の滝で身を清め、箱根権現に夫の病気回復と仇討成就の願を掛けます。
 やがて勝五郎は再び立ち上がれる様になり、仇討に成功します。

駒形神社

箱根 須雲駒形神社 須雲川」の集落には駒形神社があります。神社は湯本方面から来ると、集落が終わる地点の急傾斜の階段を登った山の上にあり、集落を見下ろしています。

鎖雲寺

箱根 鎖雲寺 須雲川の集落にある臨済宗の寺です。「箱根霊験記いざりの仇討」の主人公躄勝五郎・初花のお墓があります。寛永7年に建てられました。
 ここから、旧街道の傾斜は須雲川沿いから離れてから山を登り始め、傾斜は急になります。

 


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