宮ノ下から仙石原の間のご案内

宮ノ下から仙石原へ

春の碓氷峠

 宮ノ下から仙石原へは国道1号線から分岐し、御殿場に通じる国道138号線となります。
 箱根七湯を結ぶ「七湯道」は宮ノ下から蛇骨川沿いに急な坂を登ってゆきますが、国道138号線は早川に沿って宮城野までほぼ平坦に進みます。

 

底倉温泉

底倉温泉 蛇骨川の渓谷の断崖や谷底から湧出する温泉を利用して古くから温泉場が開かれました。
 天正18年の秀吉の小田原攻めの際には夜営地となったとされています。
 底倉温泉の宿は蛇骨渓谷に沿って建てられていました。

八千代橋

八千代橋
 宮ノ下から木賀温泉に向かうためには蛇骨川の深い渓谷を渡らなければなりません。
 かってはこの渓谷の上流まで迂回し、渓谷が小さくなったところを横断していました。
 現在は昭和42年に建設されたこの八千代橋で渓谷を渡ります。

木賀温泉

木賀温泉 木賀温泉は、早川の渓流に沿った温泉場で、箱根七湯のひとつとして箱根の中でも早くから利用されていました。
 江戸時代には温泉奉行が置かれ、将軍に温泉が献上されていました。
 1892年に火災があったことなどにより、一時は宿泊施設がほとんどなくなりましたが、近年宿泊施設などが復活しています。

ベルツ別荘跡

ベルツ別送跡 木賀の国道1号線沿いの小さな沢の横に碑があります。
 ドイツの医学者エルブィン・ベルツは明治9年に来日し東京医学校(東京大学医学部)で西洋医学を教え「日本近代医学の父」と呼ばれました。
 箱根にも温泉の研究の為に訪れ、大涌谷に温泉療養所の設立することなどを提言しました。
 宮ノ下の富士屋ホテル、芦之湯の松坂屋などに滞在していましたが、明治15年頃、木賀の風景が気に入り、この碑の上方の「見張し」という場所に別荘を建てました。 

宮城野

宮城野 宮城野は温泉は湧出していませんでしたが、山中に開けた場所で農業も可能であり、足柄から御殿場に貫ける箱根越の古道の中継地として古くから集落がありました。

宮城野諏訪神社

宮城野諏訪神社 毎年7月15日の例祭には、無形民俗文化財の神事「宮城野湯立獅子舞」が奉納されます。
 この獅子舞は江戸時代に甲州より伝えられたものです。

宝珠院

宝珠院 江戸時代に仙石原にあった箱根裏関所を関所破りしようとして処刑された祭文読み(世の中で起きたことをおもしろおかしく節をつけて三味線語りをする芸人)の墓があります。

宮城野桜並木

宮城野桜並木 昭和13年頃に早川の堤防に植えられた桜並木です。現在では箱根の桜の名所になっています。

宮城野城址

宮城野城址
 宮城野の集落の上の(標高差150m)やや平らな地形のところがあります。
 ここに、14世紀後半に小田原城主の大森氏によって築城されたとされる連郭式山城の跡があります。
 当時、このあたりが御殿場から東に箱根山を越すルートの要衝だったことが伺えます。

碓氷道

塔ノ沢隧道 宮城野と仙石原の間には碓氷峠があります。国道は峠の下の渓谷を通りますが、この峠を越える碓氷道があります。
 この道は箱根越えの古道で、かつては足柄方面から御殿場方面を結ぶ幹線道でした。
 ヤマトタケルが通ったという伝説に基づいて大正6年に立てられた「吾妻はや」の記念碑があります。

仙石原

仙石原すすき草原 広大な高原なので、「千石のコメが作れる」という意味で名付けられたところでしたが、火山灰の土壌、「箱根のわたくし雨」と呼ばれる多雨、寒冷な気候などの悪条件で作物は不作で、飢饉なども起こる貧しい村でした。
 江戸時代には裏関所が置かれて箱根町の関所と共に交通を監視していました。
 現在は、大涌谷から造成温泉が引かれ、ゴルフ場、美術館なども出来て高原のリゾート地として発展しています。

 

 


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