箱根峠から箱根神社の間のご案内

箱根峠から箱根神社へ

箱根神社一の鳥居

 三島宿方面から箱根神社への旧街道沿いのご紹介です。

 

旧街道向坂

旧街道向坂 箱根旧街道で三島宿から箱根峠を超えて箱根宿に下る途中の「向坂」にある石造物。箱根宿の商人などが諸国巡礼の記念に建てたものなどがあります。

芦川の駒形神社

芦川の駒形神社 向坂の箱根宿寄りにある箱根の鎮守、駒形神社。

箱根宿

箱根宿 箱根宿は箱根を通過する本道が湯坂道から、現在の箱根旧街道に変更された際、小田原宿と三島宿の中間の中継ぎの町として1618年に作られました。
箱根芦ノ湖の湖畔の村、芦川と呼ばれていた場所に、小田原宿と三島宿から住民が各50軒移転させられました。
 やがて本陣、旅籠などのある大きな宿場町になりましたが、芦ノ湖の湿気と、冬場の寒さから、旅人に敬遠される事もあったようです。
 現在の箱根町には「小田原町」、「三島町」の名が残っています。

本還寺 (ほんげんじ)

本還寺 三島町に、箱根宿が設置された頃に出来た寺です。箱根七福神のひとつです。

萬福寺

萬福寺 同じく、三島町に、箱根宿の設置された頃に出来た寺です。箱根宿の子供連の寺子屋も開かれていたそうです。

箱根関所

 箱根関所についてはこちらをご参照ください。

恩賜公園(おんしこうえん)

 

恩賜公園 県立恩賜箱根公園は、明治19年に建てられた函根離宮の跡地です。
 芦ノ湖に突き出した半島のような地形で、芦ノ湖や周りを囲む箱根外輪山、富士山が一望できます。
 公園の中央に、旧離宮本館の礎石が残されています。
 離宮は大正12年の関東大震災や昭和5年の北伊豆地震により破壊され、戦争が始まった事もあり、再建されませんでした。

旧街道杉並木

旧街道杉並木
 東海道の並木は松並木が多いのですが、この箱根では低音と高湿の気候を考えて杉並木となったといわれています。
 現存する並木の樹齢は最大で350年程度なので1650-1670年頃に植えられたもののようです。

一里塚跡

吉原久保一里塚跡 箱根町の芦ノ湖湖畔「吉原久保」、現存する杉並木の近くにある一里塚跡。江戸から24里の位置にあります。

ケンペルとバーニー碑

ケンペルとバーニー碑 箱根旧街道から元箱根の杉並木へ入る場所にあります。 
 オランダ人と偽って日本研究に来ていた、ドイツ人博物学者ケンペルは元禄4年(1691年)箱根を訪れ、箱根の自然を研究し、帰国して「日本誌」という本を発刊しました。碑にはその日本誌の序文が刻まれています。

 

 本書は隆盛にして強大なる帝国の歴史なり / 本書は勇敢にして不屈なる国民の記録なり / 其の人民は謙譲、勤勉、敦煌にして其拠れる地は最も天恵に豊めり

 

 大正時代に湖畔に別荘を建てたオーストラリアの貿易商、バーニーの碑は、土地の人々の友情へのお礼の文章が刻まれています。箱根の自然を保護する事を推奨した人です。

身代り地蔵

身代り地蔵 元箱根の観光船乗り場のそばにある阿弥陀像。
 鎌倉時代に梶原景季が敵に切りつけられた際、この地蔵が身代わりになったとの伝承からこの名があり、像に大きな割れ目があります。

賽の河原

芦ノ湖賽の河原 元箱根の湖畔、箱根権現の「一の鳥居」のそばにある、室町時代から江戸時代に作られた石造り建造物群です。

箱根神社

箱根神社本殿 箱根神社についてはこちらをご参照ください。

 

 

 

 

 

 

 


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