箱根町から芦之湯の間のご案内

箱根町から芦之湯へ

精進ガ池

 箱根町から芦之湯へのルートは、鎌倉時代には湯坂山を経由して湯本に至る箱根越えの道でした。
 江戸時代に畑宿を通るルートが東海道となり、箱根芦ノ湖の畔には東海道の箱根関所と箱根宿が出来ました。
 しかし、箱根宿には温泉がなかったため、箱根で宿泊する事になった旅人の一部は箱根宿から移動して芦之湯に泊まったという事です。

 

精進ガ池

精進ガ池 芦之湯温泉に向かう途中にある池です。付近は国道1号線の最高地点でもあります。
 硫黄成分が流れ込む酸性の池で魚はいません。
 箱根の中でも特に寒く、風が強く、霧の多いこの付近は、鎌倉時代には地蔵信仰の霊地とされ、池の対岸は死出の山と呼ばれました。
 池に住む大蛇と湯治に来ていた青年との悲恋伝説があります。

芦之湯石仏群

>芦之湯石仏群 芦之湯から双子山と駒ケ岳の中間の斜面を昇り精進ガ池の手前に、国道一号線の両側に分かれて、二十体以上の菩薩、地蔵が岩に刻まれています。

六道地蔵

六道地蔵 箱根石仏群の中で、最大の地蔵磨崖仏、六道地蔵。精進が池を見下ろす位置にあります。

曽我兄弟の墓

曽我兄弟の墓 精進が池、石仏群の芦之湯寄りにあります。3つの五輪塔は曽我五郎・十郎兄弟と十郎の恋人、虎御前の墓と伝えられていますが、造られたのは兄弟の死後約100年後という事です。「虎御前の五輪塔」に永仁3(1295)と刻まれています。

芦ノ湯温泉

芦之湯温泉 芦之湯温泉は箱根七湯の一つとして古くから知られた温泉です。
 当時の資料では湯宿は6軒ほどで宿には内湯はなく、集落の中心にいくつかの共同浴場があったという事です。共同浴場には底なし湯、中の湯、小風呂、大風呂があり、小風呂は貸切も出来たという事です。

阿字ケ池

阿字ケ池 現在の芦之湯温泉付近は昔は湿原で、「芦の海のある湯」という意味で芦之湯と呼ばれていたようですが、江戸時代に湿原は干拓されました。
 現在、芦之湯温泉に残る阿字ケ池は干拓された時に残された部分と言われています。

阿字ケ池弁財天

阿字ケ池弁財天 芦之湯温泉、阿字ケ池付近にある弁財天。阿字ケ池が干拓それる前は池のほとりにあったと言われています。箱根七福神のひとつです。

国道1号線

国道1号線・芦之湯 明治31年に芦之湯松坂屋の松坂万右衛門の発起により宮ノ下から箱根町へ通ずる道路建設が行われ、その最終区間、第3期工事として芦之湯-箱る町の道が建設されました。
 二子山のふもとの崖を通る難工事で資金が底をついてしまい、県へ陳情した結果、湯本-畑宿間の旧街道杉並木の大木数百本の払い下げを受け、その売却代金で資金を調達することが認められました。
 伐採には反対意見もありましたが実施され、この資金で工事は完成しました。
 この道が現在の国道1号線です。


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